説教『内なるせめぎ合い』牧師 若月健悟

2019年10月20日(日)聖霊降臨節第20主日礼拝説教要旨 【聖書】ローマの信徒への手紙14章21-23節 【はじめに】 台風19号が去った、13日(日)午後、大洗に出かけました。インドネシアから来ておられるGMIM(グミン)大洗ナザレ教会創立20周年記念式典に参席するためです。高速道路は、所々で「災害通行止」という表示が出ていましたが、大洗までは問題なく通行できました。カーナビに住所を入力しましたので、すぐに教会に到着できると思っていましたが、大外れでした。カーナビに表示された細い脇道が見つからず、何度も行ったり来たりしていました。ようやく、その脇道を見つけて入ったのですが、車1台が通れる道幅でした。ところが、向こうから車がやってくるのです。〝困った〟と思っていますと、その車は左にカーブしていきました。ホッとして、車が左折した場所まで行きますと、突然、左手に大きな建物が見え、人が群れているのです。周りの立ち木で見えなかったのですが、その建物が、目的の教会でした。既に、集会は始まっていましたが、大切な式典の後半は皆さんと一緒に過ごすことができま

説教『心の中から出てくるもの』牧師 若月健悟

説教『心の中から出てくるもの』牧師 若月健悟 2019年10月6日(日)世界聖餐日・世界宣教の日礼拝(聖霊降臨節第18主日)説教要旨 【聖書】ローマの信徒への手紙14章13-16節 【はじめに】 ずいぶん前のことですが、教区主催の教師会が山間の温泉場で行われ、休憩時間におしゃれな喫茶店を見つけて、そこでコーヒーを注文しました。出されれたコーヒーカップに一目ぼれしまして、店長さんに交渉してコーヒーカップを譲ってもらいました。会が終わり、家に戻って、すぐにコーヒーを入れて飲みました。やはり一味違っておいしいのです。ですが、1か月もしますと次第にそのコーヒーカップのお皿が気になりだしたのです。つるっとしたお皿でしたので、カップが滑るのです。それが気になりだして、とうとう使わなくなってしまいました。あれから30年が経ち、懐かしさに、もう一度用いるようになりました。もちろん、お皿は使いません。滑り落ちてカップを壊すのが目に見えているからです。 コーヒーカップは、単なる〝もの〟に過ぎません。ですが、一端心が通じ合いますと、それは、〝もの〟から〝人格〟へと変わ