波動量子機器メタトロンは未病の予防〈起業日記⑤〉

2年前のこと、体の変調を感じ、心悸亢進、締め付けられるような胸の痛みに不安を覚え、循環器内科で検査。狭心症の気はあるものの、治療をするほどではないと、頓服でニトログリセリンを処方されました。 ん?いきなり、ニトロ? 検査にでなければ、病気とは言わない。 いえ、あなた本当はわからないのでしょう? 胸痛が激しくて、呼吸困難になれば救急車を呼べ?いきなりかい? 定年5年前に、突然の右の偏頭痛、我慢できなくて会議中にタクシーで救急病院に同僚に連れて行ってもらった。CTの結果、異常はないから偏頭痛でしょうとの診断で痛み止めをもらったんだけど良くならず(偏頭痛の既往はないし)後日大学病院を受診すると、右椎骨動脈が詰まってたんです。ただ事ではないと自分の身体が警鐘していました。やはりね。 症状よりも検査優先。なんていい加減なんだろう。医師としてのプライドはないのかな。 1年半脳外科に通って、なんとか、つまりはなくなり、ほっとしました。医師に対して不信感だらけ。 そんな経過の後の、胸痛だったから、 なんともないと言われても、不安は払拭出来ない。医師など信用出来な

健康肌育研究「美肌は角質からはじまり、角質に終わる」 〈起業日記④〉

サロンで一番やらなければならないこと 1.健康肌育(フェイシャル) 若い頃、結婚して東京でエステシャンをしてたころ、化粧品が合わず、黒皮症のようになり、挙句にアナフィラキシー症状が出るようになって、見ただけで、匂いを嗅いだだけで蕁麻疹がでる身体になってしまいました。最悪な状況。メイクをしてもファンデーションはずず黒くねずみ色の肌。出産とともに、エステを離れ看護師に舞い戻たのでした。 人前に出れない、自分自身にも自信が持てない。人を直視できない。肌が汚いと本当に辛いです。肌が綺麗だと、性格も良く見えるし、綺麗な肌の人が羨ましかった。学生時代はニキビで悩まされ、エステシャンになっても、化粧品かぶれに悩まされました。 看護師で定年までは紫外線ばかり、白くなる時がなかったので、今でも腕は黒いですが^_^ 思えば、今が一番肌が綺麗。人にも言ってもらえるようになり嬉しいです。 今は、マニアックに美肌を追求してます。トラブルスキンを絶対に治してみせる。その思いだけで肌育を研究してるんです。良い肌とは、角質にきちんと水分が保有されて、肌のキメが整っていることをい

時は有限 なにからはじめよう〈起業日記③〉

すでにフィトセラピスト、漢方入門と机上論は終えたものの、詰め込まれたものが実践に結びつかない。アロマセラピー用のフレグランス、リップクリーム、ハンドクリームなどワークショップも開催はしたものの、なぜか心がウキウキしない。 アロマリンパドレナージュボディ開始。フェイシャル開始。何か足りない。あんなにワクワクして夢が実現したのに。 体が疲れて、五十肩がひどい。自分が健康でないと、心も健全でいられない。 ネットで他のエステサロンを検索。 あった、心がさわぐ。 さとう式リンパケア なに?なんなの?気になる。行かなきゃ、行ってみなきゃ さとう式リンパケアの産みの親、佐藤先生にお会いした。なんと自由人。講座直前、美人でモデルのような人が突然やってきて、施術をして欲しいと。 なに、このスケベ親父、神聖なこの場で講座を待ってる生徒を前に、「僕、背が高くて、足の綺麗な、美人が大好き」と、いきなり施術。 この人のすごいところはここから、モデルをちゃっかり、講座のモデルにしちゃって、講義が始まっちゃったよ。 と、物事は進み、直感するどく、はまりまくり。 私の五十肩、痛

ティファーファへようこそ 〈起業日記②〉

定年直前、駅前の小さな不動産屋にふと入ってみたくなり、これから、まだ何をしようとも決まってないのに立ち寄ってしまった。 小さくてもいいから、居心地が良く、窓があり、空気が淀まない明るい部屋を希望してます。と聞いてみたら、なんと、「あるよ」「貴女にぴったりのお部屋」すぐに案内されました。 まあなんと、本当に私にぴったりの、窓が3つもあり、空気が流れていて、なんだか、私を呼んでる気がしました。 決めました。ここにします。直感に従い、なんにも決めていないのに、サロンだけが先に決まったんです。それ以来、私のパワースポットになりました。 ティファーファの誕生 若い頃からずっと、同じ夢をみます。ティファーファという、ティンカーベルのような羽根つき妖精🧚‍♀️ が、私の周りを飛び回っているのです。ティファーファ、ティファーファと飛んでます。 そう、もうこれ以外ないのです。サロンは「ティファーファ 」 以来気の流れの良い、心が落ち着ける場所となりました。不思議なことが起こります。 13時を過ぎると、部屋のあちこちに虹ができます🌈プラインドのようなガラス窓から

今日から新しいブログに挑戦 〈起業日記①〉

アメブロからwixのブログへ 保育園の看護師を定年し、残りの人生をどう生きるか考えてみました。 思いかえせば家族、子ども、夫、そして共稼ぎ。 とりわけ、保育園の看護師は1人職種、全てにおいて職員や子どもに健康や安全への責任を感じてました。 そして、ずーっと、走ってきました。息が切れるほど、本当にしんどかった。夫は企業戦士朝早くから夜遅くまで家にいない。母子家庭な生活。保育園の送り迎えも、全て時間に追われながら1人でこなしてきました。きつかったなあ^_^ 頑張って、頑張ってずっと走ったの。思い出すだけで涙が溢れる。苦しくて辛かった。子どもがいるから幸せだとみんなは思うでしょうね。でも、1人で育てるって、本当はとても苦しいんだわ。 虐待とまでいかないかもしれないけど、何度イライラして子どもに手をあげたことか。申し訳ないよね。私のストレスが弱い子どもたちに出てしまう。 だから、わかるの。虐待した親を責めることはできない。本当は愛してるのよね。 こんなこと書いてたらきりないね。そんなこんなで、定年しました。子どもも独立し、結婚し、さて、私の番だよー、 若