• 藤田 恭介

 足につき、今後何回かお話させていただきます。足が地面に着くことは何より大切なことですが、当然、足は歩行においても重大な役目を帯びています。足自体が歩行で回転し、それにまつわる動きを足より上の体に連鎖で伝え、他の部分の動きに影響を与えています。逆に上からの動きが下の足に伝える動きもあります。これらは回転、傾斜、移動などで、上から下へ伝わる動きが自ら人間が作り出す動きであるとすると、足は地面はいまこうなっているとその上の体に伝えつつ、また動きを上に連波させていることになります。

 足は足形の中、車庫のように人間の体重を受けており、それだけでも相当の役目だとわかります。そんな働き者であることからその構造が頑丈でなければならず、しかも足は地面に体重を支えながら叩きつけられるため、柔軟性も必要です。また靴を見てのイメージの通り、体から切り離して存在してもよいほど独自の機能を足は持ちます。踵より前の前足部といわれる部分に行くに従い、足は扇状に広がり、横と縦のアーチを持つので止まっていてもいつでも動き出せます。

 足は体重を支え、酷使されるに関わらずあまり悲鳴を上げないのはすごいことです。しかし、足にまずい動きがあるとそのよくない動きを上の体に伝え、上の体にいい影響を及ぼしません。足自体が悪くなってはすぐ歩けなくなるので、脚が頑丈でないと困ります。そのとき、上の体は大変ですが、悪い状態の波及も生じなければ足の動きを治す必要もなくなるのでそれも大事だと思われます。

 ただし、やはり足は人間にとり歩行や移動においては役目としてタイヤであり、それをいかに操縦していくかが重要であり、足は人間にとり動きの主導部分ではないのだと捉えられます。

  • 藤田 恭介

 私は、病院で理学療法士として約15年勤務していました。勉強もするにつれ結果が出せるようになり、2年目で臨床実習学生の指導も任され自信もついてきました。しかし、他病院に移ったりしながら、ひとつの職場経験ではたいしたことないのだということに気づきました。また経験はある程度必要でも基本、学校で学んだことの何百倍も勉強しないと患者を救える治療者にはなれないと段々わかりました。それから、私は以前よりも並みでない強度で勉強し続けました。一冊の書物でも理解は難しく、覚えるとなると司法試験並みの勉強が必要です。多くの研修も行きましたし、ただ本の中身の行間さえわかるようになると、講師の起こす時折の間違い等にも気づくようになりました。このため、いまは難解な理学療法の本を読んでもほぼ理解できますし、不明な行間がわかるようになり、臨床で患者さんの状態がわからないということがなくなってきました。

 そこまでいかないうちも、病院ではもともと臨床数年目で患者さんからの治療評判は高かったのですが、それがより確かなものとなっていきました。最後に勤務した病院リハビリは私が立ち上げの中心だったのですが、地域でも整形外科の第一人者は何先生、リハビリの第一人者は私だということが患者間で広がり、その市でもあそこの病院のリハビリはすごいというような評判を取り付けられるようになりました。また手術を受けても治らなかった人で医師の方がいらしたのですが、そのケースを私が治したこともあり、医師対象の研修をしてほしいと依頼があり勤務先病院を始めとしそうした事も行うようになっていきました。

 ただ、前回ブログで記載したように、医療保険で何をやっても守られている理学療法士の立場の範囲で仕事をしても、喜び、やりがいがずっと一定量で続くことやそこの病院、地域で評判を取るだけであることにある意味飽きてしまいました。いくら患者さんの事を考えても医療保険内でやることはたかが知れていますし、自分で勉強したことのほんの一部しか患者さんに提供することができないことにも非常にストレスが溜まりました。ならば、いっそ保険外の内容でお困りの方を手助けできないかと思いました。それが治療ラボを始めさせていただいた経緯です。

 理学療法士として、数多くの方を診させていだだき治してきたと思いますが、保険治療の限界を感じていました。たしかに理学療法士は身体の改善を促す資格として挙げられます。しかし、それはこの資格保持者が基本の考え方をかじっているようなもので、充分なものではありません。

 それはいわゆるリハビリが身体全体のトレーニングで、ピンポイントで悪い点を治すものでない場合があることにも起因していると思います。悪い点をストップさせず、また本当に伸ばすべき所以外も伸ばしてしまうことがよく行われているからです。それは理学療法士からすると非常に楽なことです。臨床での医療の勉強は非常に大変で時間がかかりますし。しかし、それは養成学校で教わる考え方からは反しています。また養成学校ではこの基本の考え方を裏付ける知識は与えてくれません。自分で勉強しなければならないのです。しかし、理学療法士は国家資格であるために、資格を取ったら勉強しない人も大勢います。こうした資格を取り巻く状況は社会主義と似たようなものといえるかも知れないと思っていました。