2019年11月「ニッセイロジスティクスセンター東大阪」竣工!

日本生命保険が、大阪府東大阪市箕輪に「ニッセイロジスティクスセンター東大阪」を建設。2019年11月に竣工するようです。延床面積3万8645m2でBTS型にもマルチテナント型にも活用できる物流施設だそうで、業界の再編や省力・システム化などの新たな時代を担う、施設として期待されています。物流業界も、国の取り組みで悪しき習慣を払拭できるのかどうかという流れもあるようです。オープンは、10月7日のようです。 こういった物流施設を「日本生命保険」が手がけるというのも、これもまた、業界再編や異業種参入といった動きの中で起きているのでしょうね。投資と資産運用と保険業務みたいなものが、一体となって動きますからね。 この地域にこれだけの施設ができれば、ヒト・モノ・カネが動き、地域の活性化の一つとなり、それも大きく期待されていますね。 しかし、10月1日から消費税の増税があり、モノの流れがどのようになるかは、小さくない不安材料のある中で、スタートを切ることになりますね。消費が冷え込めば、モノが動きづらくなり、物流にも影響があるでしょう。 一方で、米中・韓国との摩擦

浄土真宗本願寺派 清浄山 安楽寺様をストリートビュー撮影

大阪府茨木市にある、浄土真宗本願寺派 清浄山 安楽寺の施設をストリートビュー撮影致しました。昨年に撮影したものですが、ストリートビューは、反応があるとのことです。 また、こちらの寺院は、1570年(元亀元)に創建された、大変由緒のあるお寺です。元亀元年とは、織田信長の生きていた時代で、戦国時代です。古い集落の中心にお寺があり、小さな寺内町のような感じです。古いまま大切に施設を使っていたとの事ですが、江戸時代に失火で焼失、その後に再建された本堂が今も残ります。その本堂も1735年(享保20)からのものですので、約300年前です。内部には、江戸時代からのものが沢山あり、時の流れの重みというか、現代社会では大変貴重になった空間があります。 安楽寺様では、葬儀はもちろん、仏事に関することの相談、遺骨の一時預かりもされており、いざと言うときの心強い支えになるでしょう。葬祭・仏事で、お悩みのことがあれば、ご相談されてみてはいかがでしょうか。穏やかなご住職様が対応してくれます。 【施設情報】 浄土真宗本願寺派 清浄山 安楽寺 〒567-0018 大阪府茨木市太

壬生狂言で有名な京都壬生寺をストリートビューで撮影

先日ご紹介した、新撰組ゆかりの京都壬生八木邸と同じ時期に撮ったストリートビューです。壬生寺を撮影する頃には、夕方になり、それがまた良い雰囲気になりました。 その壬生寺について少しご紹介。同寺公式ホームページによると、壬生寺は西暦991年(正暦2)、園城寺(三井寺)の快賢僧都によって創建され、古い名を地蔵院、宝幢三昧寺などと号したそうです。 宗派は、南都六宗の一つである律宗に属していますが、1962年(昭和37)、本堂を全焼し本尊地蔵菩薩像を含む多数の寺宝を失ったとのことで、それが悔やまれます。新撰組をはじめ、その時に重要な史料を失ったようです。 また、壬生狂言は鎌倉時代、壬生寺の中興ともいわれる円覚上人(1223 ~ 1311)が創始し、1300年(正安2)の大念仏会という法会で、分かりやすく郡衆に伝えるために始めたことが始まりとされています。 700年以上もの歴史があるなんて、流石に京都ですね。また、元の発祥から現在までに、場所は変わっているようです。最終的な現在地に移ったところで、新撰組との縁ができたようです。詳しくは、同寺の公式サイトをご覧

おおさか東線のJR野江駅の史跡

おおさか東線が、2019年3月16日に全線開通しました。私の生まれ育った放出駅にも関係することですので、興味があって開通の日に、さっそく乗ってみました。 2008年3月に、放出駅から南側の久宝寺駅までの開通では、それ程の人出はなかったのですが、今回は、多くの人が関心を持ったようで、終日、多くの人が乗り降りしていた印象です。久宝寺駅から新大阪まで、乗り換え無しで乗車できるのは大きな魅力ですね。はたまた、おおさか東線の開通は近頃の、大阪の沈滞ムードに明るさをもたらす話題でもあって、そうゆう機微で、皆さんが足を運んだのかもしれません。 何れにしても、新しい路線ができるというのは、何だか、明るい、嬉しいことですよね。 16日は、そんな目出度い日ですので、多くの人がおおさか東線ネタをネットにアップされていると思います。私は、ちょっと視点を変えて、その沿線の史跡をご紹介することに致します。こちらは、2001年12月にも訪ねており、約18年ぶりの再訪です。 JR野江駅から徒歩5分程のところにある、榎並城跡をご紹介します。ここは大阪市城東区にある、榎並小学校周辺

新撰組ゆかりの京都壬生の八木邸をストリートビューで撮影

当方の屋号である「池田屋」は、大阪府池田市で創業したことによるものですが、もう一つの意味もあります。新撰組が池田屋事件で活躍し、世に知られるようになって出世したところにも、かけてあります。司馬遼太郎の小説を読んだり、色々な歴史書を読んだりして、新撰組について調べていたこともあります。 私は大阪府に生まれ育ちましたので、隣県の京都にはいつでも行けたのですが、今回、生まれて初めてこの八木邸を訪ねました。今もその当時のまま(一部修復や改修はされている)残されており、刀傷やその当時の文机など、大変感慨深く見学しました。「燃えよ剣」というテレビ時代劇があったのですが、その映像はよく考証されているのだなと、改めて感心しました。庭や部屋の感じはそのままで、とても驚きました。 それと、見学者は女性が多く、それも驚きました。私が幕末に興味を持って調べていた頃は、女性はほとんど居らず、歴史分野は男の世界だったんですけどね。 建物内部は撮影禁止ですが、入口をストリートビュー(360°写真)撮影してみました。 追伸:門に掲げてある幕には、越前朝倉氏にゆかりの「三盛木瓜」