矛盾にしかないもの

愛って、矛盾にしかないものなのかもしれないなぁなんてぼんやり思ったりしました。 わたくしの娘もお陰様で春から5年生です。家族には迷惑をかけますが、私にとっては自慢の可愛い娘で、その娘が初めてわたしにクッキーを焼いてくれました。 これが、絶妙に香ばしい(火が通りすぎた)のだが、それが、どこか懐かしくて、昔、今みたいに洋菓子が身近でなかった頃、知り合いのおばさん達が焼いてくれたクッキーの香ばしさと、甘さ控えめさ、カリントウに近いよな、そんなクッキーの味でした。 プロには出せない、脳を刺激される美味しさを感じて、なんだか、いろいろと自分が子供の頃を思い出したりして、不思議な感覚にしてくれるクッキーでした。 娘が先日、10年後の自分に書いた手紙の話をしてくれました。能やそろばんは何歳まで続けましたか?どんな暮らししてる?お母さんと飲みに行ったりしてますか?お母さんを絶対嫌いにならないって約束したけど守れている?お母さんと暮らしてくれる人じゃないと結婚なんてしないって決めてるけど、お母さんの事大事にしてくれる人を見つけてください。お母さんをらくさせる為に一

たかがシールだけどさ、報われたってことでしょ?

わたしは泣かない子供だった。先生に叱られても、周りに心配される事も嫌で、空気が悪くなるのも嫌で泣くことも無くヘラヘラし続けて生きてきた。 それなのに大人になってから自分でも何故!?という程に泣く。時には恥ずかしいことに人前ですら泣いてしまい、止めたくても止められない。 人前で泣く女が嫌いだったのに。 先日、奈良井宿に行ってきた。 前からずっと行きたかったところだったので嬉しく、前から行ってみたかった櫛のお店に入った。 その時、店のおばさんが、櫛の説明を色々としてくれたのだけど、 櫛は髪だけじゃなくて心もとかすし、1つ1つのもつれに向き合っていく大切なものだよと。 どうか子供に愛が伝わるように子供の髪をとかしてやってほしいと。 どれだけ忙しい時でもこれだけはって気持ちでさ… 愛が伝わるからと。 テレビで紹介されてたくさん売れて、今迄なかなか見向きもされなかったのに人気が出て、いろんな人が買ってくれた。 伝統工芸士のシールを貼る資格をもらったのは最近になってからだけど、それまでだって立派なものを職人さんは作ってきたんだよ。 こんなもんはさ、たかがシー

はて、資質とは。

明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願い申しあげます。 野球部らしき男児らが集まって話していたのですが、面白い事を言っておりました。『嫌な先輩や頼りない先輩がキャプテンになるのも、後輩が誰になって欲しいと思うのも本当はオカシイよね。誰がなっても同じじゃなきゃダメだよね。俺らは誰がキャプテンになってもいい資質をそれぞれが持ってないといけないよね』と。 なるほど。本当そうだね〜とたまたま聞いていただけですがそう思いました。 バンドにしても、アンサンブルにしても、コンサートマスターにしても、何にでも言えることのように思いました。 私の先生は『合奏は一番下の人のレベルまで下がるものだ』とよく仰ってました。 逆に一番上の人の強さに励まされ引っ張られ演奏自体が良くなったりする場合もあったりするのですが、だいたい先生の仰るように下がる方が残念ながら多いとは思う。 少年の言うようにみんながリーダーになれる資質を持っていたら素晴らしいんだろね。 なかなかうまくいくことは無いんだろうけど、それぞれが資質を磨いていくというのは、 結果がどうであれ、やるべき

静かである事、怒り続ける事。

静かである事、そして怒り続けるという事が如何に私の芸にとって重要であるかという事を改めて。 先日とある能楽師の若い先生が 『えぐい世界や日本の伝統芸能は!オラが村にイナゴが!とイナゴが大量発生して偉いことになっても舞っとった。偉い人が日本の夜明けぜよ!言うてはっても黒船やぁ!B29やぁ!と日本中が騒いどっても舞っとった。能楽師はなぁ!人に伝えていくことしか考えてこんかったんや!今あるのはその結果や!そういうえぐい世界やねん!』 と子供たちに熱弁を奮ってらして、私は赤べこの様に頷き、ここ最近のテイタラクを神様という名の自分自身に詫びたものの、気圧に負けて、今日も特に張り切る訳でもなかった。 今週末出演する二つのコンサートは両日とも「五段砧」という超絶技巧系古典がプログラムに入っている。 この曲は光崎検校という人が作ったもので、私はこの人が大好きだ。この曲が特に好きだ。 三絃が普及し、三曲なるものが生まれ、伴奏楽器になってしまった箏をなんとか返り咲かせたい!と試行錯誤したり左遷されたり行方不明になったり、忙しい人生を送った方ですが、箏をもう1度…と考