BRAVE BLOSSOMS!! 日本ラグビーチームに見る日本の将来

ラグビーワールドカップ、終わりましたね!南アフリカ代表のみなさん、優勝おめでとうございます。にわかファンではありますが、このワールドカップ期間中興奮と感動の渦のなかに巻き込まれ、幸せな時間を過ごさせてもらいました。日本代表のみなさん、お疲れさまでした。そして感動をありがとうございました。 さて、振り返ってみると、この日本開催初のワールドカップ。そもそも盛り上がるのかどうか懐疑的な人も多かったと思います。だって競技人口は少ないし、日本はそんなに強くないし、いわゆる今流行りの「イケメン」って感じの人もいないし(ごめんなさい)、話題性に欠けるっていうか・・・って。でも結果としては、ワールドラグビーのビル・ボーモント会長に「最も偉大なW杯として記憶に残る。日本は開催国として最高だった」と言わしめる大会になりました。それはなぜなのか・・・。 理由は様々考えられます。もちろん、一番は日本代表の素晴らしい戦いぶりにつきるでしょうが、そのほかにも例えば、各国の代表が滞在した地域の人々との交流の積み重ねだったり、観客の人たちがそれぞれの国歌を歌ったり、地元の小学生

積極的「留年」のススメ

日本の教育は、年齢によって学年が決められて、授業は教室での一斉授業が主流です。ですから「習得度」には差が生まれます。同じ教え方をしているのに十分理解できる子どもとそうでない子がいるのはみなさんもご承知のとおりです。それを解消するために、数学や英語の時間だけ「習得度クラス」という特別なクラス編成をして授業をするというやり方をとっている学校があります。これで問題は解決されるように思われるのですが、十分ではないような気がします。 まず新しい単元については、上のクラスは応用問題までやり、下のクラスは基礎問題どまりということになると思われますが、仮に下のクラスでは、「復習」に力を入れたとすると、時間が足りなくなり、学年相当レベルに追いつくのは難しくなるでしょう。 例えば、連立方程式を学習する際、まず1次方程式が理解できていなければ、そもそも内容理解ができません。小学校卒業の段階で、少なくとも+(プラス)の世界での四則演算がある程度できなければ、中1での±(プラス・マイナス)の四則演算ができるはずもなく、その子たちは1次方程式が解けるようになりません。(もち

「テスト」で、子どものやる気に火をつけるのだ!!

「人に何かを教える」ことを仕事にしたり、その役割を与えられた人たちは、相手ができるようになって、初めて「教えたかいがあった」あるいは「教育効果があった」と評価されることでしょう。当然プラス・エデュケートでも、日本語が全く分からない状態の子どもたちへの日本語指導の効果を、1週間後、1か月後、3か月後とその都度確認することが必要だと考えています。そしてその手段として使われるのは「テスト」なのですが、みなさんは、テストをどのようにやればいいと思いますか。 普通の教師であれば、カリキュラム的にとか、授業時間数に応じてテストをするというのが一般的でしょう。しかし、プラス・エデュケートでは、カリキュラムにテストの日程の目安は示されていますが、ただやみくもに「カリキュラムにあったので」「~という単元(または教材)が終わったので」ということだけでテストをし、かつその結果がよくない場合は、子どもではなく、教師が私から叱られてしまいます(苦笑) テストは諸刃の剣です。やり方次第で、子どもをやる気にもさせるし、やる気を失わせることにもなってしまうのです。ですから、テス

プラス・エデュケート教師の「禁句」とは?

プラス・エデュケートは、これまで子どもへの日本語教育に特化して、活動してきました。そしてこのことを自負しています。私たちが行っている日本語初期指導は、子ども相手であり大人ではありません。うちの教師はこのことをしっかりと認識する必要があります。 大人は、第二言語として日本語を学ぶ場合「お金を払って自分の意志で日本語を学ぶ」ので、仮に日本語の習得が遅くても、「本人の努力不足」と言えますし、教師のせいになることはないでしょう。それに対し、私たちが指導する子どもたちは、日本語を学ぶために来日したわけではありません。それなのに、学校へ行くために親以上の日本語能力が要求されるのです。 プラス・エデュケートは「初期指導」つまり来日して間もない子どもたちが、初めて日本語を学ぶ教室を担当しているのですから、そこで日本語の楽しさや面白さを伝えられなかったら、彼らの今後の日本語の勉強はずっとつらいものになってしまいますし、日本語の習得が遅いことを本人の努力不足で片づけてはいけないと考えています。 そこで、うちの教師は、知識はもちろんですが、子どもにどのように教えたらわ

プラス・エデュケート物語 Part6

「虹の架け橋事業」は不就学・不登校の状況にある外国にルーツのある子どもを学びの場へとつなぐことを目的とした事業でした。そのために、まずは該当する子どもを見つけ出さないといけません。そこで私は、地区の中学校に話を聞きに行きました。 「現在、不登校になっている子はいますか?」 「ブラジル人の子ども?いるけど、大体卒業まで通う子はほとんどいませんね。途中で来なくなってしまう。母国にでも帰ったのではないですか?実際その方が幸せですものね。日本語全然わからないから・・・。」 つまり、学校としては入学を希望する場合は、受け入れるが、「退学・休学」も自由。「不登校」の状態が問題だとは考えていないということでした。実は恥ずかしながら、私もそこで初めて「日本国籍でない子どもが、(日本で定められた義務)教育を受けることは『義務』ではない」ことを知ったのです。しかし、もちろん国際人権法に基づく観点から子どもの「教育を受ける権利」は保障されています。ですから、当然未来ある子どもたちに、しっかりと教育を受けさせなければなりません。しかし、それは「保護者と本人の意志」に任さ

プラス・エデュケート物語 part4

「プラス・エデュケートを始めた理由」をpart3まで書きましたが、「その後はどうなったの?」というお声を多数いただきましたので、(ありがとうございます。)「プラス・エデュケート物語」とタイトルを変え、その後を続けますね。 ーーーーーーー プラス・エデュケートの活動をはじめて、すぐに教室で勉強するようになったのが、「サユリ」「カオリ」「ナオキ」(全員仮名)です。3人ともブラジルにルーツをもち、同じ団地に住み、団地内にある小学校に通っていました。夏休みになったばかりの暑い日の午後でした。日本人は熱中症になるからと、炎天下で遊ぶことはせず、冷房の効いた室内でゲームでもしているのでしょうか、外で遊んでいるのは外国にルーツをもつ子どもたちだけのようでした。 汗だくで、プラス・エデュケートの前にある日陰で休んでいた3人に声をかけ、宿題を持ってくるようにいいました。サユリは、流暢な日本語で次のようなことを教えてくれました。 「あのね、私、日本で生まれたの。ずっと日本にいる。ブラジルには小さい時に1回行った。でも、あんまりおぼえてない。この2人は兄弟で、去年日本

プラス・エデュケートを始めた理由 part2

私たちは「長男・長女」の夫婦です。親に孫の顔を見せてあげたいという想いもあり、それからは子どもを持つことが「夫婦の目標」になりました。しかし、なかなか子どもには恵まれず、医療機関で受診すると、不妊治療が必要だと告げられました。(もしかしたら読者の中にも同じような状況におかれている方がいるかもしれませんね。)しかし、私は、そのことをすぐには受け入れられませんでした。 自慢ではないのですが、私は物心ついたころから、健康には自信があり、大きな病気はもちろん、インフルエンザにすら罹ったことがないほどで、学校の先生からは「お前は将来いいおっかさん(お母さん)になるぞ。」と、おしりを指して言われたほどでした。(今ならセクハラと言えるでしょうね) ですから、結婚したら、その気になればいつでも子どもは持つことができると思っていて、そのことに疑問すら抱かなかったのです。しかし、医師からは「年齢が年齢だから1日も早く治療に入った方がいい。」と言われ、夫婦ともに心の準備が完全にできないまま、治療に入ることになりました。 不妊治療をしたことがある方ならおわかりだと思いま

プラス・エデュケートを始めた理由 part1

こんにちは、初めまして。 NPO法人プラス・エデュケート 理事長の森 顕子と申します。これからブログを始めることにしました。ぜひ今後を楽しみにしていただければ幸いです。 さて、私は理事長であるため、様々な方に「プラス・エデュケートとはどんな団体なのか」「何を理想として、どのような活動をしているのか」「今後どのようにしていきたいのか」などを説明するよう求められます。うまくお伝えできているのか、不安に思いながらも、外国にルーツをもつ子どもたちの現状、そして未来の姿について誠実にお話することを心掛けています。その流れの中で「ところで、森さんはどうしてこの事業に興味をもち、この事業をはじめたのですか。」と聞かれることがあります。 そこでブログの第1回は、この答えからお話してみようと思います。 新しい元号が「令和」と決まり、もうすぐ「平成」が終わりますね。私は「昭和」生まれで、母親は団塊世代といえば、おのずと年齢が推測できることでしょう。若かりし頃の私は、1986年に男女雇用機会均等法が施行され、性別に関係なく働けることに、夢と希望をもったものです。その頃