ディセンサスな対話@あいちトリエンナーレ2019

あいちトリエンナーレ2019はいい芸術祭だった、と言いたい。ただ、そんな芸術祭のすばらしさをわかっていないなんてけしからーん、って怒るのは対話的ではないので、どうしてこんなに問題がこじれているのか…を考えてみました。 コンセプトを絞った芸術祭~ジャーナリズム的アート~ まず、あいちトリエンナーレ2019のコンセプトは「情の時代」、どんな作品もごった煮できる芸術祭お決まりの抽象コンセプトかと思いきや、マジでこのコンセプトを貫いている。端的に言えば、「アートで情報を伝える」、つまりジャーナリズムのメディアとしてアートを用いているのが特徴です。 高嶺格《反歌:見上げたる 空を悲しも その色に 染まり果てにき 我ならぬまで》 2019 廃校になった高校のプールの底をくり抜き、垂直に立たせた作品。実は、この壁の高さは、ドナルド・トランプがメキシコとの国境の間に建設しようとする壁の高さ。そびえたつ壁は圧力をもって私たちに迫ってくる。若者たちが通う高校という日常に突如国同士の分断を想起させる壁が出現したことによって、日常にある非常を物語っているようである。 タ

芸術祭ってなんだ…と思ってんだ?@札幌国際芸術祭2017

札幌国際芸術祭2017が開催されています。 今年のテーマは、「芸術祭ってなんだ?」と「ガラクタの星座たち」。 なお、ここからのレポートは芸術祭に対する愛が強すぎて、しかも前回の札幌国際芸術祭がかなり好きで、なおかつ札幌に来て色んな人の話を聞いてとても期待感を持ってこの芸術祭に臨んだという、私のバイアスがかかりすぎな点をご容赦ください。 個人的な見解にすぎませんが、芸術祭って、アーティストがたくさん集まって、地域でアートを展示する、その”にぎわい”を祭りと呼んでいたのでは? 余所から来る鑑賞者のにぎわいと共に、地域がなんとなくふわふわして、微かに地域と外部が接触して、訪れた者も、受け入れた者も、余韻を引きずりながら日常に帰っていく...そのための仕掛けが非日常を感じさせるアートである、と思っていました。 本来、祭は地域のものですが、芸術祭に限っては、外と内が共に創り上げていく祭、だからこそ、芸術祭だけは外から訪れても余所者扱いされない、という安心感がありました。 今回は札幌市民だけが楽しむ祭だから、外から来る人は黙ってて、ていうスタンスならば余計な

向かい合う芸術祭@真鶴まちなーれ

美の基準という、数字ではなく言葉で語る景観条例のある町、真鶴、その町を楽しむ芸術祭、真鶴まちなーれが今年も開催されます。 真鶴の美の基準については、こちらの記事が参考になると思います。 一方で、真鶴は消滅可能性が高い都市と指摘されており、昔ながらの暮らしが息づく静かな町を維持することはそんなに簡単ではありません。 変わらないこと、変わること、そして変わらなきゃいけないことを考える視点として、真鶴まちなーれはアートやワークショップを用いています。 私は1年目のまちなーれに関わったのですが、2年目からは関東を離れてしまい、まちなーれがどのように変わったのかを見ることができませんでした。 今回、3年目を迎える真鶴まちなーれは、予約制のガイドツアーに参加しないと作品を鑑賞できない仕組みになっています。 たくさんの人を集める芸術祭ではなく、真鶴の美の基準の町づくりを紹介しながら、芸術作品もちゃんと見てもらう為に、ディレクターの平井さんが採用したシステムです。 真鶴、美の基準を体現した建築、コミュニティ真鶴がツアーの出発点です。 コミュニティ真鶴に展示し

鑑賞の作法@古都祝奈良―時空を超えたアートの祭典―

例えばビールは一気に流し込んでもおいしいけれど、コーヒーってゆったり飲まないと、その良さを味わえないと思います。それと一緒で、炭酸みたいにがぶ飲みできるアートと、そうではないアートがあるのかもしれない。 先日行った古都祝奈良―時空を超えたアートの祭典―は一気に飲むと何が何だか分かんない芸術祭だと思います。 蔡國強@東大寺「船を作るプロジェクト」 歴史的な場所で展示してある作品を見るための作法 古都祝奈良の特徴は、まず展示場所が東大寺や薬師寺など超がつくほど濃い場所であることがあげられます。教科書に書かれているようなストーリーいっぱいのいわくつきの場所では、好き勝手に作品を設置してはならないという引力が働くのか… アーティストはそれはそれは繊細に場所に寄り添う作品を制作していました。繊細ってことは裏を返せば、へ、それだけ?って言いたくなるようなパッと見地味な作品に仕上がってしまっています。 アイシャ・エルクメン@西大寺「池からプールから池へ」 池から水をくみ、プールに流し、その水をまた池に戻していく作品。 始めに見た作品がこれなんですが、もうこの時

子どもと楽しむ芸術祭@あいちトリエンナーレ2016

芸術祭の秋が来ました! 遠い、歩く、解説無しという三重苦のため、なかなか家族の理解が得られない芸術祭。 今回は何とか今後の芸術祭行脚を許してもらうため、まずは初心者向けっぽいあいちトリエンナーレへ。 あいトリのいい点は、まず、名古屋会場は名古屋駅から徒歩圏内ということ。 (京都から日帰りなので、今回は名古屋会場のみ!岡崎会場、豊橋会場も魅力的だけど…) 色々地図をにらめっこしながら考えた結果、今回は名古屋市美術館から向かい、中央広小路ビル、旧明治屋栄ビルその後愛知芸術文化センターの展示を見て、愛知芸術文化センター後に日本興和名古屋ビルを過ぎ、長者町会場に行きつく、という計画を立てました。 近そうに見えて、ビル会場のエレベータはほぼ使えないということで、地味に足に来ます。 で、結論から言うと、家族連れであれば愛知芸術文化センターだけ見れば十分楽しめます。 今回の目玉の一つであるダミコルームでは、ニューヨーク近代美術館の初代教育部長のビクトル・ダミコが考案したアートティーチングトイが体験できます。 アートティーチングトイは、視覚的に遊べる装置と言えば

デザインを見せるための展示とは@ポールスミス展

本当は、すごく前に行ったのですが、なかなかレポートに昇華できず、うちゃっていたポールスミス展。 そんなこんなんしてたら、京都での開催が終わってしまった。 とりあえず、一言でいうとどうしてこんな構成になってしまったのか?もしかして、気負いすぎたのか? 入り口を入ると、ポール・スミスがインスピレーションを受けたイメージが壁一面に展示されています。 えっと、洋服はまだ展示されないの? 結局出口付近にようやく洋服が展示されているのですが...遅くね?(遅くて写真撮り忘れてたよ!) やはり表現形としての洋服が語ってこその哲学ではないか、と思うのですが。(例えばゴッホ展でゴッホの家とか、ゴッホが影響を受けた絵、とか延々見せられ、作品がなかなか展示されなかったら...?) 本展示はロンドンのデザインミュージアムから始まった展示です。 デザインミュージアムといえば、私が10年以上前、イギリスの工芸やデザインを取り扱う展示を中心に見て回った際に訪れた印象深い美術館です。 そのころ、日本では工芸や日常のデザインをアートとして取り扱って展示することが少なく、イギリスの

経済力とアート:杉本博司 趣味と芸術

常に近場ですませているようですが、細見美術館で開催されている杉本博司 趣味と芸術―味占郷を見に行きました。 杉本博司といえば、凪いだ海の写真などで有名な現代作家です。写真だけでなく、インスタレーションなどの作品も有名です。 で、今回は、婦人画報の連載されていた、アーティスト自身が架空の割烹料理の店主となり、文化人や役者をその人に合わせた床の間のしつらえと料理でもてなす企画の展示です。 婦人画報といえば、重厚感のある雑誌と共に、ターゲットが完全にデパートの外商が来るレベルの金持ち相手にしているとしか思えない中身で有名な、ハイソな雑誌です。 その婦人画報が選りすぐった、芸能人、文化人を、アーティストが選りすぐった趣味のいい展示と料理でもてなすこの企画。 ちょっと玄人好みの現代作家×婦人画報×床の間@京都 敷居の高い、嫌みな店であるという店主の言葉通り、展示もハイカルチャーの重みに窒息しそう もちろん、今回写真はNGなのでインターネットミュージアムが千葉県立美術館であった展示の様子を動画に挙げているので、それを共有しておきましょう。 床の間に飾られた軸

大学博物館が行う共通価値の創造(Creating Shared Value):ねむり展

京大総合博物館で開催されているねむり展に行ってきました。 寝具に関する民具が展示されている本展。 今回、なんといってもパネルや展示キャプションがかわいいのです! 展示パネルはマットレス。 キャプションはクッションです。 展示品は、枕、ベッド、ゆりかご、等が中心で、点数もそんなに多くありません。 展示パネルでは、古典に出てくる夢枕の話から、時計遺伝子、夢に関する脳科学の話まで幅広いトピックが紹介されています。 展示スペースの中央は人工芝が敷いてあり、寝転んでベッドや蚊帳を体験することもできます。 ブログのためにアフリカの枕で寝るポーズをとってくれる、分かっている娘。 ともかく、寝心地はよくない、と太鼓判を押してくれました。 なお、本展示の目玉の、チンパンジーの木の上のベッドを再現したベッドは試しに寝ることはできませんでしたが、見るだけで気持ちよさそうです。 それにしても、しつらえが素敵だと展示はとても楽しめます。 なんか裏に企業の香りが...と思ったら、本展示は様々なコラボレーションを行っているようです。 例えばホテルとのコラボレーション。 こ、こ

モノ好きのための展示~オーダーメイド:それぞれの展覧会~

京都市美術館で開催されているモネ展は大行列ですが、その正面の京都国立近代美術館で開催されている、待ち時間なし!オーディオガイドなし!館が持っているコレクションを並べ替えただけの省エネ展示(ほめてるよ!)、オーダーメイド:それぞれの展覧会展に行ってきました。 本展示では、国立京都近代美術館のコレクションが、地域や時代、メディアなどの従来のくくりではなく、MoneyやObjectなどのコンセプトごとに再構成され、展示されており、どこからでも見て回れるという自由な動線になっています。 まあ、普通に入口から見ていこうということで…入り口にはReorderと題されたコーナーがあり、そこには、都築恭一の着倒れ方丈記という写真作品が展示されています。決して上流階級ではない人々が、ファッションブランドにはまってしまい、狭い空間でその服に囲まれて暮らす様子が写真と解説で表現されています。 ​服のために、食も住まいも犠牲にした暮らしは、ある意味禁欲的です(笑)。しかも彼らは着心地や着飾るという意識より、デザイナーのコンセプトに対するリスペクトからこの禁欲生活を送って