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世界に出る子供達の第一歩 私のブリスベンでの1年半の全てをぶつけます

初めまして。私の名前は加藤寿弥と言います。 オーストラリアビザも残すところ約半年。 ここでやるべきことを模索し続け、準備してきました。 この度2019年8月から1ヶ月間、11歳から16歳を対象にひとり1週間の 『ブリスベンサッカーキャンププロジェクト』を行います。 ・現地ブリスベンにあるクラブへの練習、トレーニングマッチ参加 ・ネイティブコーチによる少人数サッカークリニック ・ネイティヴ講師(2年の日本留学経験のあるオーストラリア人)による英会話レッスン ・ブリスベン周辺観光 がある短期サッカー留学となっております。 このプロジェクトの狙いは、 『日本帰国後の活躍のためのサッカースキル、精神的強さを掴み取る』 ことです。本場の英語、人々、サッカー、生活、文化に触れる体験を通じて人として成長していただく内容となっております。これから海外に出て行く子供の第一歩と位置付け、成長していただく為に全力でサポートし、子供達と共に最高の時間を創って参ります。このプログラムの強みはただ、地元クラブに参加するだけでなくヨーロッパの指導者ライセンス(UEFAライセン

人と違うところに価値があるかも

『あんまり人と同じ道に進むのが好きではないのかもしれないです。』 世の中には 「このチームいたら勝ち」 「この大学入ればオッケー」 「この企業行けばあんぱい」 というような 同じレールを歩む風習があり、それが安全な場所と捉えるひとも少なからずいます。 僕はそれが非常に嫌いで、 人とは違うアクションをとって、 人とは違う環境で結果を残すことで それを変えたかったです。 大学4年のとき周りの同期は就活する中、 僕が選んだのは サッカーを通して海外に出ることでした。 通常、海外でサッカーするとなると 現地でのプレー経験があり海外在住歴の長いサッカーエージェント(代理人)を利用し、 選手はお金を払い現地で挑戦するものです。 サッカーエージェントを説明しますと、 まずは選手に挑戦する場を与え(練習、練習試合に参加)、 チームとの交渉・契約までを代理としてやってくれます。 もし上手くいかず強いチームに入れなくても選手に対して 最低限の給料を貰いながらオーストリアでプレーできる環境を提供してくれるのです。 つまり、選手としてはエージェントを利用すれば、 ある程

海外挑戦の意味

『海外でサッカーをしたい』 『海外に出て英語を話せるようになりたい』 『外国人の友達が欲しい』 これらは海外に出たい人の主な理由にあたるものであり、海外にこれから出ようとする人からよく耳にする言葉です。日本には、英語を話せる人=かっこいいというように何か外国人を過剰に美化するような考え方がまだ根付いている気もします。僕自身も海外に興味を抱き始めた頃に持っていたかもしれません。「〜したい」「〜になりたい」と我々が思うのは不思議なことではありません。 しかしオーストラリアに来て一年が経ちこれまでを振り返って見ると、果たしてこのような表面的な感情が異国で活動する僕の心を動かしてきて、これから進むべき道へと導いてくれるのでしょうか。 結論から言うと”最重要ではない”のが僕の思うところです。 『サッカーができる、英語が話せる、国籍の違う友人がいるはあくまでも何かを成し遂げる武器(手段)にしか過ぎない』 最初に挙げた言葉の目的地は、何かを達成したいというよりむしろ能力・スキルを得たいだけなのです。本来大切にしないといけないのはその武器を使い、どう周りに影響を

少年たちよ。一緒に”普通”から飛び出そう。

みなさん 『なんかこの環境だと自分が思っている普通が通じない』 『この人と考え方が合わない』 と、思ったこと口にしたことはありますか。 僕は外国人とサッカーをやっていますが、日々感じます。 日本人の相手をリスペクトする気持ちだったり、仲間のために身を犠牲にする心は他の国の人が真似できる事ではない。チームのために動けることが日本では評価されたし、そこを意識してこっちでもプレーしている。外国人で人のためにプレーできる選手は少なく、都合が悪くなるとすぐ愚痴がこぼれスイッチが切れてしまう。結果が出ないとロッカールームで怒鳴り散らしたり、選手同士での衝突など、日本ではあまり起こらないような光景をよく目の当たりにする。自分をコントロールし切れていない選手を見ていると腹が立つ時もあるが、こっちで求められるのはチームよりも個の主張が優先されているのかもしれない。チームで戦おうと耳にするが、試合が始まれば彼らはいかに自分が思い通りにできるかを考えている。いかにチームに貢献できるかの日本、個のアピールが優先の外国。明らかなギャップで、自分が普通だと思う考えが通用しな

soccer + α

はじめまして。加藤寿弥と言います。宜しくお願いします。 幼稚園の頃から大学までサッカーを続けてきた。幸いなことに、僕の周りには常に素晴らしい仲間や指導者がいてくれて、その人たちとの時間や経験がこれまでの”自分”というものを形成してきた。プレーだけではなく人間的にもリスペクトできる友達、困難を乗り越えるメンタルを養ってくれたコーチ、自分の心を揺さぶるような人たちとの出会いが、今を生きていく自分の礎となっている。 長い間プレーしてきたが、サッカーを単なる勝敗をつける競技であると位置付けしたことはない、自分が試合に出れればそれでよしというような自己中心的な考えに至ったこともない。サッカー選手になるためだけに技術を磨いてきたというより、むしろサッカーから得られる人間的成長に重きを置いてきた。結果を求めるチームの中で自分はどんな役割を果たすことができて、どうやってチームメイトとコミニケーションを図るかを考えたこともある。チームスポーツにはピッチ内外で貢献できる可能性が散りばめられていて、僕は技術向上とともにチームに与えるプラスの影響を探し求めてきた気がする