【カテンベ支援卒業のお知らせ。皆様長い間本当にありがとうございました!】

1991年6月21日生まれのカテンベ君は、ミリティーニ村で暮らしていた14歳のときに腎不全に陥り、危篤状態になりました。当時ミリティーニ村に住んでいた大西匡哉さんの呼びかけに応え、多くの皆様にご支援をいただき、母親から腎臓の提供を受け2006年10月26日にナイロビ病院で腎臓移植手術を行いました。そうして一命を取り留めたカテンベ君は、それからだんだんとリハビリを行い、通常生活が送れるようになり、学校に復帰し、順調な生活を続けてまいりました。 「カテンベ腎臓移植基金」として始まった支援は、移植手術が成功した後には、自立できるようになるまでの支援土台として「マイシャ・ヤ・ラハ基金(=幸せな人生という意味)」に形を変え、態勢を整え、彼の生活復帰と学費、医療費の継続支援を行ってきました。 移植された腎臓を元気に働かせ続けるためには、カテンベは一生、高価な薬を飲み続けなければならず、その薬は彼の免疫力を低下させてしまうため、長い間行くことが出来なかった学校に戻りたくても衛生状態の悪い環境に身を置くことは出来なくなりました。彼の体のコンディションが耐えうる学

先祖と精霊たちから、特別な力を授かるための儀式

僕の太鼓の先生であり、ケニアの父であるムゼーマテラ師が病気で死の淵に或ることを知らされたのは去年の11月、ちょうどジャクソンツアーも終わりにさしかかっていた時だ。マテラ師の弟であるサイディから送られて来た、骨と皮だけになったマテラ師の写真を見た時、正直背筋が凍り付くような思いがした。一緒にツアーで日本全国を廻っていた早川千晶さん、永松真紀さん、マサイ族のもと戦士リーダーのジャクソン・オレナレイヨ氏にも写真を見せたが、みな驚きの表情を隠せず、口々にもう長くはないかもしれないと言った。 普通ならばすぐにでも心が動いてなんとかしなければと思う所なのだが、正直のところちょっと複雑な心境だった。マテラ師からは本当に多くのことを教えてもらい、家族同然の付き合いをし、莫大な時間を一緒に過ごさせてもらうなかで、良い所も悪い所もあることを僕は知っていた。 マテラ師は僕がこれまで出逢った中で、この人は本物の天才と言える人の一人だ。 彼の太鼓の音はまるで生き物の様、音に精霊が宿り語りかけてくるような、一つ一つの音に見えない世界のなにかが宿り、大地と空気がそれに呼応して