梅の香りで呼び出されるもの

今年は梅が早いですね、と声をかけられる。 たしかに、この冬はあたたかく、梅が早い。 一月なかば、月夜の晩に、かすかに漂ってきた梅の香り。築地塀の外、石玉垣の内側に入って梅の木に近づくと、ちいさな花が一輪だけ咲いているのを見つけた。 翌朝、助勤の神職さんが「きょう僕、出勤途中に、ここの最初の梅の花、見つけましたよ」と嬉しそうに報告してきた。この神職さんは、一番星を見つけたかのごとく、最初の梅の花や実を見つけては報告してくれるので、「そうですか。今年は早いですね」と褒めてあげた。 でも、今年は私のほうが先に見つけてたんだよん。 梅は、匂いが先。花があとにくる。 あれから二週間。境内の梅たちが花を咲かせはじめた。今、節分を過ぎた境内には梅の香りがふわふわと漂っている。 参道から拝殿に向かって、左側が白梅、右側が紅梅。 紅梅のほうが、少し遅いのは、毎年のことである。 白梅に寄って見てみると、しわしわの茶色い枝から、不似合いなほどのみずみずしい緑の枝が唐突に生え、そこに白い花がついている。花の近くに寄ると、むしろ匂いはしないのが不思議。この白梅は、野梅に近

えびす祭・福娘って何?

えびす祭。えべっさん。または十日戎とも呼ばれる。 それは、1月9・10・11日に行われる、商売繁盛のお祭りで、えびす様をお祀りしている神社(とくに大阪を中心とする関西地域)で盛んに行われている。 えびす様は鯛に釣竿を持って、海の彼方からやってこられたと言われ、もともとは漁を司る神様である。やがて浜の魚市場の守り神となり、貨幣経済の発達とともに商売繁盛との神様になっていった。その由来から、現在では海外との取引を司る神でもある。 (当社所蔵の掛け軸より。大きな鯛を抱えたえびす様と、そろばんをはじいておられるえびす様) そんなえびす様を接待してさしあげて、そのおしるしとして福笹や縁起物を授かるのが「えびす祭」。そこでさまざまな縁起物が授与所に並ぶ。 えびす様・大黒様のお面、鯛、米俵、小槌、小判などのついた、笹・熊手・箕。 熊手で福をかきあつめて、箕で収穫する。あるいは宝船を授かって、好機到来の願掛けをする。などなど、それぞれの稼業によっても、お店や会社によっても、授かる縁起物はさまざま。 これらの縁起物をお授けし、福をまいているのが、金烏帽子をかぶった

時をかけるご朱印帖

ご朱印ブームのおかげで、京都と大阪の狭間という辺境の地にある片埜神社にも、全国からのお参りがある。 というより、もともと遠くからのお参りはあって、ご朱印という形でそれが浮き彫りになったのかもしれない。 ご朱印を、知らない人のために説明しておこう。 神社仏閣におまいりした際に、そのしるしとして、朱印帖に社寺のハンコを押してもらうもので、神職または僧侶あるいは職員が、社名や参拝日付を筆で書き入れるのである。基本的に一社一頁。同じ神社やお寺のご朱印を何回もらってもかまわない。 スタンプラリーと違うのは、ハンコを押すのも日付を書くのも、朱印帖の持ち主本人ではなくてその社寺の人だという事。 さて、私事になるが、去年の夏休み、子供らと埼玉で川釣りをした。 べつに、釣り場として有名な場所でも、観光地でもない。実家の近くなわけでもない。 釣り好きの漫画家の友達が、埼玉の田舎に住んでいて、その地元の人しか知らないような川で、子どもも釣りができるポイントを探してくれて、パンを丸めて小さい魚を釣った。途中で友達の車がパンクして、コンビニの駐車場でタイヤ交換をした。 枚

クマゼミと桃

夏のはじめ、ちいさな稲荷社のまわりの土には、ポコポコとまるい穴が出現する。それは地中からセミたちが、この世に出てくる穴なのだ。 クマゼミたちは鳥に食われたり、蜘蛛の巣にうっかりひっかかったり、チビッ子に網で捕獲されたりしながらも、日がな一日シュワシュワ言って暮らす(朝の五時から)。と、書くとのんびりした感じがするかもしれないが、このシュワシュワは、スラッシュメタルのように高速である。 関東ではみんみんゼミの間延びした声が、長らく夏の音景色だったが、大阪に遷った今では、クマゼミの怒涛のシュワシュワの中でシュワっといただくビールの味が格別に思われる。 彼らは2年から5年、地中に暮らし、地上に出てからは3週間から1か月の命、すなわちひと夏の間に子孫を残しあの世に戻っていくと言われる。そんなに長い幼虫時代、天敵のいない地中で、ゆっくりゆっくり成長しながら、クマゼミは何を思うのか。 たぶん無(む)なのだろうが、ひょっとすると、脳のような機能だけがものすごく発達していて、バーチャルでばら色の人生を何回も送っているのかも知れない。 2年が経ち、「オレはもう現実

眠れぬ夜と人生儀礼

片埜神社がある大阪では、お宮参りは、生後およそ一か月で行われるのが習わしだ。 もともとは、産屋(うぶや)で生まれた赤ちゃんが、初めて外に出て氏神さんにご挨拶に行くという日であるので、赤ちゃんの額には魔除けの印として朱(現代では口紅)で「大」や「小」の字が書かれる。神社につくまでの道中、魔がつかないようにとのおまじないである。 神社に到着し、初宮詣の祈祷を済ませると、氏神さんは産土神となり、そのお子を守護するので、もう魔除けの印は必要ない。 という、古来の人生儀礼なのだが、なんらかの事情で、生後三か月、生後半年、といった月齢で初宮詣に来られる赤ちゃんもいる。 暑すぎる時期、寒すぎる時期を避けていたらそうなった、という場合もあるが、たいがいは、その赤ちゃんが、外に出られるようになるまで、それだけの月日がかかったということが多く、母親たちは眠れない日々を過ごしていたのである。 私もそのひとりだった。 双子はたいがい、産み月よりひと月かふた月は早く生まれてくる。合計の重みに母体が耐えられないためである。 早く生まれた赤ちゃんは体が小さく、そのぶん胃も小さ

命名の儀

名前をつけるのは、とてもむずかしい。 一度名前が決まってしまうと、なん百年も前から、その名前が約束されていたかのように思われる。まるで神の仕業のように思えてならない。だから悩む。 犬の名前、会の名前、チーム名、コンビ名、バンド名、ペンネーム。そういうのさえ、自分の考えたものに決まったためしがない。ボツになるような案しか浮かばない。 神職の同期会の名前も、けっきょくもう一人の幹事さんが決めてくれた。 その名前が、がんこ三条店の店先の黒板に、大きく「〇〇〇の会様」と書かれているのを見たときは、自分には絶対無理だと思った。 今現在も、奉納太鼓の団体名を何にするか、無茶苦茶悩んでいる。 わが子の時もそうだった。 十年ほど前の話だ。お腹の子は双子だった。 双子だと、超音波が二つの生命体から跳ね返ってくるため、よく分からないごちゃっとした映像が、画面に映し出される。そのため、性別の判明にも、タイムラグがあった。 超音波の機械をお腹に当てながら、産院の先生が 「うーん。ひとりは女の子やなねんけどな~、もうひとりが、わからへん」 と言ってからひと月後、また超音波

イヌの日に巻くもの

戌(イヌ)の日が近くなると、社務所の一室には、白い晒し木綿が竹竿にぶら下がっている。妖怪「一反木綿(いったんもめん)」が休憩しているのだ。 というのはうそで、正体は妊婦の腹帯だ。 その証拠に、長さは一反ではなくて、その半分なのだ。 墨で「安産祈願」と「妊婦の名前」を書き、神社の朱印を押した後、しっかり干して、墨や朱を定着させておくと、あとから洗剤でジャブジャブ洗っても落ちないから、こうして干しているのだ。干したあとには安産祈願祭でお祓いされ、妊婦さんに手渡される。 一反というのは、着物が一着つくれるぶんの布の量のことだから、そこから腹帯を2本つくるということは、けっこうな贅沢だ。手もとにある腹帯を実際に測ってみたら5メートルと6センチあった。日本の妊婦はこれを腹にぐるぐると巻く。この風習は世界にあまり知られていない。 腹帯を腹に巻き始める儀式、「着帯の儀」は、妊娠五か月目の戌の日におこなう。犬は安産で多産だから、それにあやかっている。五か月といえば妊娠の安定期(母体の黄体ホルモンが安定する時期)と言われるが、お腹はまだそれほど出ていない。見た目は