一芸に秀でる者は多芸に通ず

武術の技数に関する方向性には大きくふたつあると考えています。 第一に「ひとつの技をとことん突き詰めて、全てそこに集約する」という考え方。 第二に「あらゆる状況に対応、応用すべくたくさんの技を覚える」という考え方。 どちらも一理あるように思いますが、ひとつ言えることがあるとすれば、 「ひとつの技に集約するとしても、それは画一的であってはならない」という事です。 つまり、技を絞り込むのはいいのですが、生徒の特性も考えずに 「この技に全てを集約せよ」 という教えであってはならないと考えています。 相撲でも、押し出しが得意な人、下手投げが得意な人、八双飛びや猫騙しなどトリッキーな技が得意な人。色々います。柔道でもそうですね。 一通り習得してから、「自分に合ったもの」を突き詰めていくべきです。 生徒の特性や動きを見て「この技を突き詰めなさい」はというのはいいのですが、先生から「画一的に」この技を突き詰めなさい、は違うと考えています。 タクティカル・シラットでも色々やりますが、インストラクターになるのでなければ全てできるようになる必要はありません。自分に合う

使える技術・使えない技術3

偉そうに書いている私が、引くことを意識したパンチを打たれて腕を掴みフィギュア4を掛けられるかと言うとまず掛けられません。 というか、掛けられる人はいないと思います。 もちろん再三言うように「力量差」ですので、掴めるケースもあると思いますが、同程度の方同士でしたらまず掴めませんし、フィギュア4は掛けられません。一定レベルのトレーニングをした人のパンチは誰であっても掴めません。 ですが、結果的にフィギュア4が掛けらるかどうかは別の話です。 話が見えてこないですか? フィギュア4を「パンチを掴んで掛ける技」と思っているうちにはまず掛けられないということです。フィギュア4は「腕を掴んだ時に掛ける技」だからです。 実戦でパンチの打ち合いをしている段階で相手の腕を掴めることはまずありません。 しかし組み合いになれば相手の腕を掴む機会はいくらでもあります。 総合でもそんなシーンはよく出てきますよね。 そして、腕を掴んだ後の選択肢としてフィギュア4は有効なもののひとつなのです。 その時のために私達はフィギュア4を練習しているのです。 では最後の疑問です。 「なぜ

使える技術・使えない技術

タクティカル・シラットに限らず、約束組手の練習をする武術・武道は「使えない」と批判されることがあります。 これは半分合っていて、半分間違っています。 合っているのは、「そのままではそう簡単に使えない」ということです。 練習はあくまで練習であって、そのままいつでもだれに対してでも使えるわけではありません。 例えば、フィギュア4という練習をする際、相手のパンチを掴んでから掛ける練習をします。 すると「相手はパンチを出しっぱなしにしない。引かれたらつかめないじゃん。使えないよ、こんなの」 と言われるのです。 ですが例えばボクシングで言うと、ジャブをサンドバッグに打つ練習を見て「実戦では相手動くじゃん?ジャブなんてスウェイすれば当たらないでしょ、使えないよ、ジャブなんて」という批判と同じです。 確かにジャブを習ったからと言って簡単に誰に対してでも当たるわけではありません。 スウェイやダッキングすればかわされることもあります。 でもだからと言ってボクシングのジャブが使えない、という批判が正しいと思う人はいないでしょう。きちんとトレーニングして正しく速いジャ