白鷺木工・2代目戸田義治さん、3代目戸田勝利さん ~原木から見極め、美しいフォルムの器を創作する~

石川県加賀市山中温泉のエリアから車で登っていくと、大きな原木が幾重にも積み上げられている光景が目に飛び込んでくる。 山道にさしかかる手前の光景なだけに、あたかも、近くの山で伐採されてきた原木のように見えるが、そうではない。この幾種類もの原木たちは、近郊の岐阜、福井、金沢の材木市場から、熟練の目利きを経て選ばれたものだ。 この目利きの達人が、加賀に拠点を置く白鷺木工の代表・戸田義治さんだ。 加賀といえば、山中漆器を思い浮かべる方も多いだろう。漆器制作においては、数々のプロセスがあり、多くの職人さんが1つの器に魂を込めていく。 白鷺木工は、この一連の制作工程の中で、原木を寸断してから器を挽く工程までを一貫して行っている。 原木を仕入れる経験と勘 「あれはダメだ!」 材木市場は基本“競り(セリ)”で原木を落としていく。 原木を吟味する戸田義治さんが、同行している次男の戸田勝利さんに続けてつぶやく。 「なんであんなの買うんだ!」 ダメだしされ、勝利さんが長年の経験と勘が必要だと感じる瞬間だ。 勝利さんが一人で買い付けに行って、義治さんより長い時間をかけ吟

陶芸作家・大胡琴美さん ~世界の人々が大切にずっと使い続けてくれる器を~

イギリスの陶芸家、ルーシー・リー(Dame Lucie Rie)への憧れがすべての始まりだった。 デザイン事務所に勤務していた2年間、クリエイティブな仕事をしてはいたものの、日本のやきものが好きになれなかったためか、陶芸への興味は微塵も感じていなかった。そんなある日、偶然にも雑誌広告に掲載された、ルーシー・リーの個展の案内を見つけ、なんとなく惹かれた。 当時から著名な陶芸家ではあったが、名前も聞いたことがないくらい陶芸には関心がなかった。ましてや、住まいの東京から開催地の滋賀は遠距離ではあったが、気づいたら自然と足が個展会場を目指していた。 そんな大胡さんだったが、陶芸への想いは、ルーシー・リーの作品を実際に目にした瞬間から一変する。 「いままで私はデザインというものは平面の世界で表現してきました。これに対し、ルーシー・リーは立体の器に、それも高台の裏まで見事にデザイン表現されていました。」 イメージしていた既存のやきものにはない、洗練されたシャープな作品がそこにはあった。そして、ルーシー・リーの作品が持つ“器の佇まい”に心を動かされた。 ルーシ

「日本酒は旨い!」に迫る ~酒造好適米と精米歩合について~

「美味しい日本酒が飲みたい!」 決して酒豪ではない私でも、お酒の飲めないワーキングランチの最中に日本酒があればと思うことはよくある。特に日本料理に至っては、お酒をたしなみながら料理をいただくことを前提に、献立が練られていることが多い。 お酒が料理を引き立て、より味わい深いものに仕立てあげてくれるからだ。 もちろん、お酒は日本酒だけでなく、最近では日本料理に合うワインなどを提供する料理屋さんも増えてきた。同じ醸造酒ということで、料理をうまく引き立てる役割を果たしているのかもしれない。 ここに、料理の彩を引き立てる器に盛り付けが成されれば、食事を美味しくいただくという一連のストーリーは完成する。 日本酒は旨いものという道理 日本酒に限って言えば、「日本酒が旨い」のは当然といえば当然の道理がある。 日本酒が造られる元はといえば、水と米と米麹である。 日本という豊潤な国土が育んだ産物で作られており、日本の魂が宿っていると言っても過言ではない。 ここに各酒蔵の確かな技術と各々の創意工夫があり、「日本酒は旨くない」という要素が見当たらないというのが私の思うと

ガラス作家・坂田裕昭さん ~作品そのものが醸しだす空気を大切に~

「ずっと、大阪に憧れていましたから!」 坂田裕昭さんから、意外な言葉が飛び出した。 東京で生まれ育った、根っからの東京っ子の坂田さん。 大阪に興味があり一度住んでみたいと思っていたそうだ。 意外と表現すると、大阪の人に叱られるかもしれないが、大阪人が東京を夢見て上京する話はよく聞くが、東京の人が大阪に興味を持つ話はあまり聞いたことがない。 ただ、坂田さんと話していると、大阪に興味を抱く意味がなんとなくわかる気もする。根っから明るいし、ノリも大阪のそれに近いのだ。 もちろん、大阪の勤務経験から、坂田さん自身が大阪にどっぷり漬かってしまったのかも知れない。たこ焼きやお好み焼きといった、粉モノは、いまでも大好物らしい。 グラム単位、ミリ単位の厳しい指導 1973年東京で生まれた坂田さんは、阿佐ヶ谷美術専門学校で3年間美術全般に加え家具などクラフトものを中心に学ぶ。 卒業後、紹介で大阪の型吹きガラスメーカーに勤務することになるが、就職を決めた理由は、ガラス制作そのものではなく、興味を抱いていた大阪で住めるということだった。 ガラスメーカーでは、型吹きで毎