第30話 星影の橙

 

 

行きつけビストロでの気のおけない友人とのディナーの帰り道は、幸せな余韻を味わいたくて、つい無駄に遠回りする癖がある。

 

 

かのYves Saint-Laurentも、この道を何度もほろ酔いで歩いたのかな。

1970年から彼が天に召されるまでずっと暮らしていたという、左岸のアパルトマンの扉の前で、「お元気ですか。」と寒空を見上げる。

 

 

はじめてパリの地を踏んだのは20歳の頃だった。

日没後にシャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、市内に向かうバスの中で、眩しく瞬く蛍光灯のそれしか知らなかった若き頃に、その優しくも朧げに街を照らす橙色の街灯にひとり密かにひどく感動し、胸がきゅっと締め付けられたことを思い出した。

旅愁がそうさせたのではなく、おそらく遺伝子レベルで何かを感じ取ったらのかもしれない。

 

 

あの夜に震えた感動が、今ここにいる理由を導いたのかもしれない。

 

 

などど、ぼんやり考えつつ夜道を歩く。

 

 

夜更けの散歩の愉しみは、若かりし頃の感傷に浸ることでは決してない。

幸せな余韻を纏いながら、木々や葉っぱたちが描くうつくしき影絵を探すことだ。

大通り、小道、袋小路、アパルトマンの壁、どれひとつとして同じ影絵はない。

 

 

 

 

 

 

 

橙色で照らされるのは、街だけでなく自宅も同じく。

明るすぎる照明が苦手になったのはいつの頃からか。

 

ミモザの花の香りが満ちた橙色のサロンに身を落ち着けた頃には、時計の針が0時をとっくの昔に過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

- Address -

Yves Saint-Laurentが暮らした家

55 Rue de Babylone

75007 Paris

FRANCE